TENEBRAE 連載コラム
COLUMN

『シナリオ担当I川のホラーよもやま話』Vol.2
「恐怖の根源……”意味の喪失”とは?」

どうも。シナリオ担当I川でございます。
いやあ、暑くなってまいりましたね。皆様、いかがお過ごしでしょうか。

さて、前回からの続き。
『恐怖の根源……”意味の喪失”とは?』という、お話でしたね。
果たして、”意味の喪失”とはなにか? なぜソレが恐怖へとつながっていくのか……。
そのことを説明するために、まずは『名前』について考えてみることにしましょう。
……ええ、そうです。私たちが日常使っている、自分自身の『名前』についてです。

私たちは誰もが『名前』を持っています。
まあ、それは当たり前のことですよね。
それがどのようなものであれ、人間の社会で生きるためには名前が必要です。
それは個人を特定するためであり、
なによりも、自分が自分自身を認識するために必要不可欠な記号です。
私は、私自身の名前を持つこと……例えば、私が『シナリオ担当I川』であること……
そのことによって、始めて私であり得るわけです。
つまり、名前とは、私が私であるという意味を付加するものであり、その意味を得ることによってのみ、私は私自身として存在しうるのです。
言い換えれば、私たちの存在は意味を有することによって、始めて成立するのです。

これは、なにも人間の名前だけに限ったことではありません。
およそ、認識されている事物にはすべて名前があり、それに付随する意味を持っていると言えます。
リンゴ、犬、鉄、郵便ポスト……この世界を構成する事物には皆名前が存在し、その名の指し示す意味を内包するのです。言い換えれば世界とは意味であると言っても過言ではないでしょう。

……そう。すべての事象には『意味』がある。ここに恐怖が忍び込むポイントが生じるのです。
もし、目の前にある事物の『意味』が喪失しているとしたら……?
意味によって構成される世界に、無意味が現出したら……それは私たちに底知れない不安を生じさせるでしょう。

例えば、心霊写真。
そこに映るはずのない誰か。いるはずのない何者かがいるということ。
その者の名も知れず、それが何をする者かも知れないということ。
幽霊が恐ろしく感じられる理由の源泉とは、まさにその意味の不在……あるいは喪失にあると言えないでしょうか?
霊能者は心霊写真を見て、それがどういう霊であるかの意味付けをすることで除霊をします。
例えばそれが不遇の死を遂げた浮遊霊であったり、自殺をした地縛霊であったりするのは、その死に至った 経緯が重要だからではありません。死に至る経緯を説明し、意味ある存在に昇華することこそが必要だからです。

ホラー映画を思い起こして貰えるとより分かりやすいかも知れません。
1974年、アメリカで公開されたトビー・フーパー監督の映画『悪魔のいけにえ』という作品があります。
5人の若者がドライブの途中で立ち寄った農家。そこにいた人皮で作られた謎の大男レザーフェイスに襲われ、 次々に殺されていく恐怖を描いた傑作です。(芸術性が高く評価され、フィルムがニューヨーク近代美術館に 永久保存されている、というのは有名なトリビアですね)

残酷描写もさることながら、この映画のキモはやはり、レザーフェイスという意味不明の存在によって、
理由も知れず、次々に主人公たちが殺されていく、その一点にあると言えるのではないでしょうか?
それを裏付けるかのように、物語は当然のように、レザーフェイス(とその一家)の正体を明かす方へと 進行していきます。思い起こしてみれば、ホラー作品とは往々にして、恐怖の対象となる存在の正体を明かし、 彼ら、あるいはそれらが何故、登場人物の脅威となっているか、その理由を解くことにこそ主眼が置かれます。
無論、それらの理由を知ることで、脅威を排除する方法を見つけるという動機もそこにはありますが、 やはり、その主眼はそれらの『喪失した意味』を回復すること=意味づけることにあると思うのです。
皆さんはどうお考えになりますでしょうか?

次回は視点を変えて『恐怖=意味の喪失』という図式を掘り下げてみたいと思います。
題して『ネットロアとホラーの関係』……『鮫島事件』や『NNN臨時放送』と言った、 有名なネットの都市伝説(ネットロア)にも、『意味の喪失』が深く関わっているというお話です。

それでは、次回をお楽しみに!!

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