東浦家の休日




















































































今日は日曜日。
あなたとデートの約束をしている彼氏の深尋は
家でひとり、出かける支度をしています。

「髪、といた。どこも跳ねてない。服もキレイなやつ着た。歯も磨いたし、あとは……」

そわそわと動き回っている彼の背後で、ふいにドアが開きました。

「みっひろー!」

明るい声とともに現れたのは、深尋の兄である大護。

「げっ」
「『げっ』てなんだよ、ひっでぇなあ」
「お前がいつも最悪なタイミングで来るからだろ……」
「最悪なタイミング? なに、これからどっかお出かけ? そんなにおめかししちゃって」
「……別に」
「隠すなよー。デートだろ?」
「……」
「彼女サンと会うんだー、いいなー。オレも会いたいなー」
「うるさい。じゃあもう出るから……」
「そんじゃオレもついてこっと」
「はあ!? なんでそうなるんだよ!」
「だって深尋が出かけるってことは、どっちにしたってオレはここにいられないわけでしょ? 
 じゃあそのついでに彼女サンに会ってちょっと挨拶するくらい良いじゃん」
「何がちょっとだ! そうやってお前、この前朝までうちにいただろ!」
「やー、あれはホラ、ちょっとしたサプライズみたいな?」
「黙れ、電気代払い忘れる鳥頭! もう行くからな!」
「おっし、みーちゃんとお散歩だー」
「ついてくるなって言ってんだろ!」
「れっつごー!」

深尋の抗議などまったく気にしない大護は、深尋を引きずるようにして家を出たのでした。

***

その後、駅前で深尋と落ち合ったあなたは自宅へと向かっています。
隣を歩いているのは仏頂面の深尋と、そして……。

「まさか深尋がもう彼女サンと家族ぐるみのお付き合いをしてるとはねえ。
 あーんなに小さかったみーちゃんがねえ……兄ちゃんは感激だよ」

芝居がかった仕草で目元を拭う大護を、深尋が横目に睨みつけました。

「うるさい。結局ついてきやがって」
「だって今日は彼女サンとお家デートだなんて聞かされちゃあ、
 兄としてご挨拶に伺わないわけにはいかんでしょう!」
「もううんざりなんだよ、テメエの言い訳は!」
「いやー、オレもふたりのデートにまで首つっこみ始めたら
 さすがにそろそろ馬に蹴られて成層圏突破しちゃうんじゃないかって思うけど、
 まるで何かに導かれるようにこの展開になっちゃったんだよねえ。なっはっは」
「そのまま宇宙の藻屑になって消えろ」

不穏な言い合いを続ける2人をなだめながら、
間もなく東浦家に到着したあなたと深尋、そして大護。
玄関へ入ると、その気配を聞きつけたようにリビングのドアが開きました。
勢いよく現れたのは、あなたの弟の結人。

「おっせーよ姉貴、オレずっと待ってたんだぞ! これ一緒にやろうって……」

けれど結人は深尋と大護に気づき、ピタッと足を止めます。

「……その人たち、誰?」

あなたがまず深尋を紹介すると、結人が複雑そうに顔をしかめました。

「へー、カレシね……兄ちゃんがこの前なんかそんなようなこと言ってたけど……
 連れてきたんだ……ふーん」

そっぽを向く結人を注意しようとするあなたに、大護が軽く手で合図してきます。
それから結人の顔を覗き込むようにして口を開きました。

「いきなり押しかけてごめんなー。
 初めまして、永江大護です。このブスッとしてる深尋の兄ちゃんね」
「『ブスッとしてる』は余計だ」
「まぁまぁみーちゃん、そこはスルーしてよ。
 で、キミは? 名前なんて言うの?」
「え、と……結人です。東浦結人……」
「結人くんかー。あのさ、さっきからずっと気になってるんだけど
 結人くんが持ってるソレ、ゲームだよね? この前発売したばっかの」
「あ……はい」
「だよねっ? いいなー! 実はそれ、前からやりたいなって思ってたやつでさあ」

大護の言葉に、結人の表情が少し明るくなります。

「そうなの? ……じゃない、そうなんですか?」
「いいよいいよ、タメ口で。もうやった? どうだった?」
「何回かやったけど……あ、アレなら一緒にやる?」
「えっいいの!? まじで!?」
「うん、だってこれ1人でやっても楽しくないし」
「だよなー、だからオレもずっと誰かとやりたくて! 
 深尋はゲームとかやんないからさあ」
「あー、確かにやらなさそう。
 オレ、今日姉貴とやろうかなって思ってたんだけど
 カレシ連れてくるとか聞いてなかったから……」
「そっか、深尋が今日来るの知らなかったんだ。
 実はオレもさあ、深尋の兄として東浦家の皆さんにご挨拶をーって
 思いつきでついてきちゃったんだけど、まあ普通に邪魔者じゃん? 
 肩身が狭いのなんのって。
 あ、そうだこれお土産。結人くん、クッキー好き?」
「えーっ好き好き! さんきゅー!」
「いえいえー、心ばかりのモノですが」
「やったー! これ食いながらゲームやろ! 
 あ、上がって上がって。リビングこっち!」
「わーい、お邪魔しまーす」
「あ、おい、大護!」

深尋の呼びかけにウィンクで応えた大護は、
リビングへと向かう結人について家に上がっていきました。
大護と結人のテンポの速いやり取りをただただ眺めていた、深尋とあなた。
彼らの背中がリビングに消えたあと、思わず顔を見合わせます。

「……いいのか? あれで」

唖然としたような深尋の呟きに笑いながらも、あなたは深尋とともに靴を脱ぎました。
リビングに入ると、そこではすでに熱い戦いが繰り広げられています。

「うおっ、ちょ! 結人くんすっげ上手くないっ?」
「だーって今日まで超練習したもん」
「でもコレ発売してからまだそんなに経ってないじゃん。すげーなー」
「ふっふっふ、オレの才能ってやつだね」

楽しげな2人の様子を見ながら、深尋にソファをすすめるあなた。
4人分のコーヒーを用意して戻ると、大護と結人のやり取りはさらにヒートアップしていて……。

「うあっ、ちょっと結人くんタンマ! ストップー!」
「ストップなしー! いえーい、オレの勝ちー!」
「まじかー……なあ、オレこれやるの初めてなんだからもうちょい手加減してよー」
「なんだよ年上のくせに、情けねーなー」
「や、歳は関係ない。ゲームの前には人間みな平等! てことでハンデちょうだい!」
「えー? じゃあ大護の分のクッキー、オレがもらっていい?」
「いいよ、全部食っちゃって。だからハンデお願いっ」
「わっはっは、そこまで言われちゃ仕方ない。じゃあスタートのあと3秒待ってやろう!」
「ありがたき幸せー」
「よっし、そんじゃ2回目な! 3、2、1、ゴー!」

その様子を見ていた深尋にコーヒーを差し出すと、
カップを受け取りながら彼がボソリと言いました。

「なんていうか……カテゴリが同じなんだな、たぶん」

その一言に思わず笑ってしまうあなた。
あなたの笑顔につられたように目を細める深尋。
そして、そばでゲームに熱中している結人と大護。

『なんだか兄弟が増えたみたい』

そんなふうに心を弾ませるあなたを包むように、東浦家のリビングには明るい声が響くのでした。


END