東浦家の休日
















































































「あー、ヒマだー」

日曜日の昼下がり。弟の結人の間延びした声が響きます。
父と兄は仕事で忙しく、リビングにいるのは結人とあなただけ。

「新しいゲームもまだ出ないしなー……
 なぁ姉貴ー、なんか楽しいことないー?」

『友達と遊びにいかないの?』とあなたが問いかけると、

「そんなん出来んならもうとっくに出かけてるよー。
 今日カズもソウタも用事あるって」

つまらなさそうに呟いた結人が、ソファの上でごろごろと転がります。

「もー、ヒマヒマヒマヒマー! 
 はあ……せめてなんかうまいもん食えたらなー……
 けど金ないからコンビニにも行けないし……どうすりゃいいんだよー!」

そんな結人の言葉を遮るように、リビングのドアが開きました。
そこに立っているのは、叔父の彰信。

「やっほー、呼ばれた気がしたから来たぞー」
「あっ、叔父さん!」
「こらー、『彰信さん』だって何回言えばわかるんだ。
 結人、あんまワガママ言って姉ちゃん困らせたらダメだろ?」
「だってすっげえヒマなんだもんー」
「お前がそうやってヒマヒマ言うから、
 コイツがずっとそばにいてくれてんじゃないか。なあ?」

そばにやってきた彰信は、あなたの頭をポンポンと叩くと
テーブルの上に横長の箱を置きました。

「これ食って少しは機嫌直せ」
「えっなになに? なんかいい匂いする! 開けていいっ?」
「ん、いいぞ」

勢いよく身体を起こした結人が、早速その箱を開けます。
そこに入っていたのは……。

「わあああ……シュークリームだ!」
「ああ。好きだろ、シュークリーム」
「好きー! 超好き!! 超うまそう!!」
「うまいぞーここのヤツは。
 一度にたくさん作らないで、1日に何度もシュー生地焼いてクリームつめてんだと。
 だから生地サクサク、クリームも新鮮でとろーり。
 ってレポをこの前書いたばっかで……」
「ねえねえ! これ全部食っていいの!?」
「……ごめんごめん、俺の話はどうでも良かったか。
 全部食っていいぞ。でも崇と春樹の分は取っとけよ?」
「わかってるって!」

そう言いながら結人が箱の中のシュークリームを数え始めます。

「えっと、オレ、姉貴、にーちゃん、父さん、叔父さん……で分けたら……
 ひとり1コかあ……」
「あ、俺の分はいいよ」
「いいの!?」
「ああ。4コ買ったら1コおまけしてくれただけだから。
 お前と結人、ジャンケンしてどっちか食え」
「まじでー! ちょ、姉貴! ジャンケンジャンケン! 最初はグー!」

ジャンケンのポーズをとる結人の顔があまりにも真剣だったので、
『いいよ、結人食べて』と譲るあなた。

「えっ、ホントに? ……あとで『やっぱ食いたい』とか言われても返せないけど?」

その言葉に笑いながらシュークリームを2つ結人の手に乗せると、
結人の顔が嬉しそうにゆるみます。

「やった! じゃ、夕飯のおかず1コねーちゃんにやるな!」

手のひらにあるシュークリームを嬉しそうに見つめていた結人が、
ふと彰信に視線を移しました。

「てか叔父さん、うち来る時ってだいたいお土産買ってきてくれるけど
 こんなうまそうなのどうやって見つけてくんの?」
「んー? このシュークリームは、この前仕事でレポ書いたからな。さっきも言ったけど。
 あとはまあ、その辺フラフラしてる時に気になった店だったり、
 知り合いから評判聞いて行ってみたり……いろいろだな」

彰信はそう言って、ニヤリと笑います。

「結人も覚えといて損はないと思うけどな。
 こういうの、プライベートでも結構役に立つんだぞ?」
「プライベートって?」
「つまり、好きな女にアプローチする時とか」
「好きな女ぁ?」
「そうだよ。好きなヤツ、いるだろ? ひとりくらい」
「うーん……」
「そういう相手ともっと仲良くなりたいなって時には、
 軽い差し入れが一番手っ取り早いんだよ」
「モノで釣るってこと?」
「ははっ、そういうんじゃなくて。よっぽどのことがない限り、
 『コレいかがですか? うまいんですよ』って話題で
 相手が気を悪くする可能性は低いってこと」
「あー、そゆことか」
「そうそう。ちなみに"軽い差し入れ"ってのがポイントだ。
 あんまり高いもんだと、逆に気を遣わせることがあるからな」
「そんなモンかなあ?」
「あ、信じてないな? 一回やってみろって。
 アプローチの第一段階としては結構有効なんだぞ? 
 それに、なんか渡す時って距離も自然と近くなるだろ? ここがポイントなんだ」
「ふうん……?」
「物理的な距離が縮まる、それは相手のパーソナルスペースに入れるってことだ。
 意味なく近づいちゃダメだが、そこで差し入れの力を借りる。
 うまいもの食えば相手の気持ちも和らぐだろ。
 その時のリラックスした感情と、自分がそばにいた時のことが相手の中で結びついて
 『この人がそばに来るのは嫌じゃない』と、こうなるわけだ」
「うん……」
「ちなみに、差し入れを渡す時は相手の目を見ることも大事だな。
 その時にお互いの指先が触れ合ったらもうバッチリ……って、結人?」
「うん……」
「……聞いてねえな?」
「うん……」
「しっかりモノに釣られてんじゃねえか」

彰信は呆れたように笑いながらも、結人の頭をポンと叩きます。

「俺が悪かったよ、長話してごめんな。食え食え」
「わーい! いただきます!」

嬉しそうな声をあげた結人は、両手のシュークリームを交互に見たあと
「こっち!」と言って右手のほうにかぶりつきました。

「うまーい! 叔父さんこれすっげうまいよー!」
「そーかそーか、よかったなー」
「うん! また買ってきてくれる!?」
「ああ、いいよ」
「やったー!!」

夢中で口をモグモグさせている結人を見ながら、シュークリームを食べるあなた。
そのおいしさに思わず顔をほころばせていると、彰信が小さくため息をつきます。

「お前も結人も、色気より食い気かあ。
 お前は男いるからアレだけど、結人はな……
 そのまんまでいてほしいような、健全な男としてはちょっと心配なような。
 なあ、お前はどう思う?」

そう問いかけられたあなたが
『結人が幸せならいいんじゃない?』と答えると、彰信は笑いました。

「結人が幸せなら……か。確かに。お前いいこと言うなあ。
 お前らが幸せなら、それでいいってことにするか。ははっ」

リビングを満たす和やかな空気と、口の中に広がる優しい甘さ。
『今日も平和だなあ』
そんなことを考えながら、あなたは2口目のシュークリームを頬張るのでした。


END