東浦家の休日





とある日曜日のこと。

「お前の家、行きたい」

あなたの彼氏である深尋が、デートの待ち合わせ場所である駅前でポツリとそう言いました。
深尋を自宅に招いたことは今まで一度もありません。
それに彼が家にやってくるなんて、家族の誰もが予想していないはず。
『でもいきなりだと、家族が驚くかもしれないし……』
そう伝えようとするけれど、あなたを見つめる深尋の目はとても真剣です。
強いそのまなざしを無下にすることもできず、今日のデート場所が東浦家に決定したのでした。

***

駅から歩いてしばらく――あなたの自宅が見えてきました。
しかしその距離が縮まるにつれて、緊張のせいか、隣を歩く深尋の顔色が明らかに青ざめて
いきます。
それから間もなく自宅に到着。
玄関に入るとまったくしゃべらなくなってしまった深尋を気遣い、
あなたはすぐに自分の部屋へ行こうとしますが……。

「いい……ちゃんと挨拶しないと。お、お……お義父、さん……に」

あなたの腕をつかむ深尋の指はかすかに震えているようでしたが、
"挨拶をしたい"という彼の気持ちが嬉しくて、ふたりでリビングに向かいました。


リビングに入ると、そこはシンと静まり返っていました。
どうやら父の春樹は買い物に出ているようです。
弟の結人は朝から遊びに行くと言って出かけたし、
兄の崇は今日一日、部屋で仕事に集中すると言っていたはず。
休日になるとフラッとやってくる叔父の彰信も、今日は来そうにありません。
『これで安心してお父さんを待てる』
そう思ったあなたは深尋にソファをすすめると、コーヒーを淹れるためキッチンスペースへ
移動しました。
コーヒーメーカーをセットして、香ばしい香りがただよい始めた……その時。
リビングと階段でつながっている2階から、ガチャリとドアの開く音が聞こえます。
2階を見上げると、兄の崇が背伸びをしながら部屋から出てくるのが見えました。

「チビ、帰ったんだろ? コーヒー淹れてく……」

階段を下りながら話しかけてきた崇が、ふと動きを止めます。
その視線の先には、ソファに座っている深尋の姿が……。

「……誰だ?」

わずかに眉をひそめる崇を見て、慌てて深尋が立ち上がってお辞儀をします。

「あっ、あの、初めまして。永江深尋と……いいます」
「ミヒロ……? ああ、チビの男か。どうも」

崇は興味なさそうな声でそう言うと、階段を下りてあなたのもとへとやってきました。

「コーヒー、俺のも淹れろ」

ハッと我に返り、急いで3人分のコーヒーを用意するあなた。

「サンキュ」

自分用のカップに入ったコーヒーを手にした崇はそのまま自室へ戻るかと思いきや、
ダイニングテーブルに向かいました。
自分の定位置に座ると、なぜかゆったりとコーヒーを飲み始めます。
『なんで部屋に戻らないの……?』
そんなあなたの心の声を察したかのように、崇が口を開きました。

「今、休憩中だから。ここのほうが気分転換できるんだよ」

当然のことのようにそう言われ、あなたは何も言い返せません。
仕方なくカップ2つを手に、深尋のもとへ戻るあなた。
さっきから立ち尽くしたままの深尋をソファに座るよう促すと、自分も隣に座ります。
――背後から感じる崇の視線。
深尋はどうすればいいのかわからない様子で、じっとしたままです。
『コーヒー、飲まない?』
あなたがそっとカップを差し出すと、深尋のすがるような視線だけが返ってきます。
そして服のすそをきゅっと掴まれ……。

「俺……どうしたらいい……?」

消え入るようなその声にあなたが返事をしようとした時、

「どうした? 俺のことは気にしないで、いつも通り話してていいんだぞ?」

家族との会話の時よりも、ちょっとだけ優しい声音がリビングに響きます。
その言葉に、ビクリと揺れる深尋の肩。

父親が帰ってくるのを待ちながら、あなたは
『今日のことが深尋のつらい思い出になりませんように』
……そう願わずにはいられないのでした。


END